楽しさと虚しさ

楽しいとかいった
感情自体がない頃は過ぎ去ったけれども
いつだって人生は暇つぶしみたいな感じが消えないのは
自分のためにしか生きていないからなんだろう

年を重ねれば重ねるほど
その虚しさの手応え感増での
比例しての暇つぶし感も増していく

やりたいこととかしたいこととか
楽しいこととか笑えることとか
どれもこれもが一瞬の過ぎ去るもので
かといって過ぎ去らないものがあるかといえば
どれだってなんだって過ぎ去っていくのだろうけど
わたしの一瞬感の束の間感は
花火よりも短い気がする

時間や体験やあらゆることの質量が軽すぎる
そこに自分がいないからだろうけど

ただ、この間話していて
自分が熱くなるヒットポイント
時間や経験や思いや感情質量が
重くなるところに気づかせてもらう

自分以外の誰かのためや何かのため
そういうの暑苦しくてこっぱずかしくて
偽善者ぽくて斜に構えてみているけれども
そこなんだろうなあと
自分の感情の揺れ具合みていると
否定のしようがない

わたしの中に他者というものが存在し始めたのは
ずいぶんと遅くだったから
まあこれからぼちぼち
そちらにぐいっと意識向けて
あけすけなかんじでやりだそう
そしたら今よりは息しやすくなる

0コメント

  • 1000 / 1000